No.
1号1998.3
2号1998.10
3号1999.1
4号1999.7

1999.11

2000.5

2000.7

2000.11

2001.3
2001.7
2001.11
2002.4
2002.7
14


2000.11

東京コカリナフェスティバル

 今年の12月16日(土)・17日(日)東京で初めてコカリナフェスティバルが開催されます。 またひとつコカリナの普及、広がりに弾みがつく取り組みが始まります。  コカリナ協会の呼びかけに、首都圏各地で演奏や活動をされている約10グループの方々が参集し、合同実行委員会を結成して取り組んでいます。  東京都と開催地町田市の後援も頂き、この通信が皆さんの手元に届く頃には、もう少し広がっている事と思います。東京都では、通 常10日以上かかる後援手続きを迅速にしていただき、中4日で後援承認書が事務所に届きました。私たちにとって、早ければ早いほど活動しやすいので、都の担当者の配慮に感謝する次第です。  この事に現れているのは、まず各地域で会員の皆さんが、意欲的に又多彩な活動を積み重ねてきた事・NPO法人であることも要因の一つであると思います。  実行委員会の皆さんは、志賀高原のフェスティバル・長野県の合奏団や、他の地域の活動事例から多くの事を学び、今回の開催、運営でも全国の皆さんに役立つ事例を提供してくれる事と思います。  知恵は出すもの使うもの−NPOコカリナ協会は、個々の知恵と善意が出しやすい組織。それは視点を変えれば、自己実現の場・自己実現を身近に確かめられる“場”としての組織と言えましょう。  個々人の自己実現課程が、組織総体として社会貢献に繋がり、その繋がりの検証を身近に感ずることができる、その点がNPOという協会の可能性であり、未知数である点かなと思います。 「あなたの最高の財産、それは“自分”を創り出す計画である!初めに計画せよ,然る後に実行せよ」(モルトケ)  今の協会で大切な課題は、全国各地で会員の皆さんが意欲的・創意工夫をしながら活動されていることを集約し、それをまた会員の皆さんに返していくこと、その様な双方向の発信がスムーズにできる体制をしっかり作ることだと思っておりますので、皆さん一人一人の情報を協会に伝えて頂けるようご協力をお願いいたします。
 特定非営利活動法人 日本コカリナ協会理事長 小澤 英雄


コカリナとの出会い
白神コカリナ工房 田中 雅志

 秋田県でコカリナを4人の仲間と作っております。私がコカリナを初めて見たのは、二ッ井町役場でした。多分長野県の佐々木さんが作られたものだと思いますが、あんな小さな木からきれいな音色が出たときは驚きと感動でした。  コカリナを作ってみないか?と言われ興味はありましたが 、メンバーの一人を紹介し試作品を作ってもらい黒坂さんに送ったところ、どうにかなりそうだとなり、それからが大変でした。二ッ井町の町おこしの一貫として、秋田杉でコカリナを製作したいので仲間を集めてくれと言われ、平成10年10月に黒坂さんと佐々木さんを講師に招き4人のメンバーで講習を受けスタートしました。そして正月も返上し作り始め、試作品を黒坂さんに送っては不合格・・・の連続でしたが、どうにか4人認定されました。  その後、コカリナ認定記念コンサートを開き、その時の様子がNHKの30分番組の全国放送になってしまったのです。注文が殺到し、コカリナ愛好者の方には大変ご迷惑をおかけしましたが、なにせ手作りですので6ヶ月待ちの方もおりました。現在は落ち着き、又 ソプラノ・アルト・バリトンとバリエーションも増えて、日々製作に励んでおります。  そして新たな製作希望者も2人いて、只今修行中です。コカリナ製作の面白い所は、同じ様に作っているつもりでも、メンバーそれぞれの個性がでるし、毎日作らなければ製作の腕が落ちてしまうし、1個1個材質が違いますので、きれいな音色を出すのにテクニックが必要で、結構奧の深いものです。今全国に20人のコカリナ制作者がいるようですが、いつかみんなとお会いしてコカリナ談議をしたいものです。

コカリナフェステイバルに初めて参加し、地元山ノ内町の皆様や全国各地から集まって来た人達と交流ができて、大きな感動を得られたことに対して厚くお礼申し上げます。
フェステイバルのプログラムは、本当によく考えられていて参加者を飽きさせることなく、充実したものでした。そして都会では味わうことのできない心の交流もあり、人生の良き思い出となる最高の二日間でした。本当にありがとうございました。小さなコカリナの輪が、もっと大きく広がるように来年も是非続けて下さい。
兵庫県加古川市


黒坂黒太郎・矢口周美と行く
北海道(知床・網走) コカリナコンサートツアー感想

井上 由美 (東京・小平市)

 「黒坂黒太郎・矢口周美先生と行く、北海道(知床・網走)コカリナコンサート」この企画にひかれ、すぐにJTBの高谷さんに電話を入れました。少しばかり(?!)のコカリナ談議の後「コカリナが吹けなくてもいいんですよ」との暖かい言葉にその場で申し込みをしたのですが、行くからにはみんなと一緒に吹いてみたいと、楽譜が届いてから出発までの4日間、娘と練習を重ねドキドキしながらいざ北海道へ・・・  周りのみなさんは、合奏団等で経験豊富な様子にも拘わらず、足手まといな私たち親子をすんなり仲間に入れて下さいました。なんとか無事に演奏できた事、間近でのお二人のコンサート・そして素人相手に真剣にレッスンして下さった黒坂さん・・・1つ1つが感動の旅でした。特に印象に残ったのは、網走のコンサートに来てくれた障害者の人達です。演奏が始まると、何か楽しそうに話しながら聴いていたかと思うと、「一本の樹」では、しーんと静まりかえって聴き入っていたり・・・「走れブルートレイン」の時にはのりのいい曲なので手拍子を打ちたかったのですが、何となく躊躇していると中央辺りに座っていた青年がまず手を叩きはじめ、その輪がだんだん広がって私のところまで届いてきました。その青年は体を左右に揺らしながら、満面 の笑みで喜びを体全体で素直に表現している様でした。素直に感動を表現できる事がとても素晴らしく思え、その感動の輪の中に自分もいる事が嬉しい一瞬でした。見るもの・聴くもの・全てをピュアに感じられたのは、コカリナの持つ優しい音色とそれを愛する人達の暖かい心のせいだったのだと思います。

井上 慧美 (東京・小平市)
 「来週、黒坂さんと矢口さんといっしょに北海道へ行くよ。」とお母さんが言いました。北海道へ行くのははじめてだし、一度でもいいからお話ししてみたいなと思っていた、黒坂さんと矢口さんに会えるなんてゆめのようだと思いました。北海道へ行く前は、もうとっくんでした。「ちゃんとふけないと、みんなにめいわくがかかるのよ。」とお母さんに言われて、がんばって練習しました。  北海道についてから、1回目のコンサートの時まちがえないでふくことができました。でも、お母さんはまちがえてしまいました。バスの中や森の中でみんなで練習して、二回目の時はもっとじょうずにふくことができました。とてもうれしかったです。1番良かったのは、黒坂さんと矢口さんとお話しができたことです。きっと、ひこうきもべつべつでいくのかな?と思っていたら、ずっといっしょだったのでうれしかったです。もっといろんな曲をふけるようになって、またみんなといっしょに北海道へいきたいです。

"北海道コカリナコンサートツアーに参加して"
溝上 邦枝 (東京・江東区)

 今回の企画がなければ、北海道迄行けるなんて夢の又夢でした。志賀高原行きで遠出に少し自信が持てたものの、かれこれ30年振りの飛行機と2泊の旅に不安を抱え乍の参加でしたが、大自然の中でそれを守ろうとする人々の優しさ・暖かさに接し、心が洗われる思い夢見心地で3日間を過ごす事ができました。知床の夕焼け空をぼんやり眺めながら露天風呂で汗を流し、網走では湖畔の宿でとんびの鳴き声で目が覚めました。私達はバスの中やホテルのロビー、部屋の中と誰からともなくピーピーと吹き始め、森の中では鳥達まで集まってきて大合奏となり、ついに「やったー」と大声で叫びたくなりました。黒坂先生がいつも話されていたことを、やっと体験することができました。そしてコンサートであんなに一生懸命聴いて頂けるなんて・・・ただ無心に「とんび」と「ふるさと」を吹きました。コカリナが単なる木の笛でなく、一人一人の自然に対する愛が形を代えたのだ、一位 (おんこ)の木のコカリナを手に、北の大地・オホーツクの海・摩周湖や屈斜路湖・オシンコシンの滝・真っ赤なサンゴ草を思い出し、いつまでも余韻に浸っています。再会を誓った北海道の方々やツアー同行の皆さんから沢山のパワーを頂きました。バスガイドの美雪さん、町田のまどかちゃん、小平の慧美ちゃん、お知り合いになれたコカリナファンの皆さん、どうもありがとうございました。

サークル通信

新潟コカリナ合奏団 川鍋 啓子

 みなさまこんにちは 新潟コカリナ合奏団です。ただいま団員123名(!!)小学3年生から大人(年齢巾広〜く)まで、いろんな人達が参加しています。 正式発足は2000年7月でした。新潟市と近郊6つのおやこ劇場が中心に半年間かけて準備をすすめ、会員や地域の人達に呼びかけてつくった合奏団です。実はこの合奏団づくりのきっかけは、ちょうど2年前新潟市に新しいホールがオープンするのをお祝いしての、市民参加企画でした。おやこ劇場が中心に“輝け子どもたち”というテーマで子ども参加型ミュージカルとコカリナコンサートをセットで企画し、呼びかけに集まった47名の子どもたちで編成されたコカリナ合奏団でした。  黒坂さんの指導と2ヶ月のレッスンで新しいホールに、コカリナの優しい音色を響かせステキなコンサートが実現しました。  さて、123名もの人達が一緒に練習するのって大変だー!と思われるでしょう?大丈夫です!この合奏団、実は6つの独立した名前があり、月2回の定期レッスンはそれぞれ子どもたちの集まりやすい地域ごとに行っています。私たちの合奏団の大事な目的の1つは、コカリナを通 して人とのふれあい、地域での仲間づくりでもあるからです。まだ曲目は数曲ですが、今はしっかり仲間のコカリナの音色に耳を澄ませて、音を合わせるレッスンを大切に行っています。先日は県の植樹祭で3曲のレパートリーをフル回転して、緑に包まれた会場いっぱいコカリナの音色を響かせ演奏してきました。またお寺の本堂での合同レッスンや、ブナ林の下草刈りに参加したりと活動の巾は広がっています。また私たちが手にしているコカリナは、新潟の「松の木」から生まれたコカリナです。さらに次は、21世紀の幕開けを飾るコカリナコンサートです。  2001年1月28日(日)  新潟市民芸術文化会館 コンサートホール(2000席) ― 輝け、木々のいのちのハーモニー   コカリナコンサート‘21 ― 〜 黒坂黒太郎と新潟の子どもたち 〜  合奏団立ち上げと同時に企画したコンサートです。今準備がスタートしました。 みなさんも新潟へいらっしゃいませんか?


稲築コカリナ教室  山田

 はじめまして「稲築コカリナ教室」で〜す。九州は福岡県の真ん中にある筑豊地区のひとつ、嘉穂郡稲築町で、小学生から6?歳の老若男女20名程でピロピロと吹いています。  さて教室のはじまりは、小さくてかわいらしい・誰にでも簡単に音が出せる・携帯できる!一芸にもってこい!癒し!という“コカリナ”の魅力にとりつかれた数人が、3月におそれおおくも人前で披露することになり、不協和音もなんのその、ただ夢中にコカリナを鳴らしてきたという状況でした。その結果 「もう少しきちんと練習して演奏できるようになろう!」と意欲に燃えはじめたのがきっかけで、その中のひとりが、5月に黒坂さんの指導をうけ、音をよく聞くこと、タンギングや腹式呼吸をきちんとすることの大切さを学んできました。それから、筑豊地域で少しずつコカリナを手渡してきた方に声をかけて、6月から月に2回の教室をスタートし、その中では、学んで来たことを基本にみんなで楽しく練習しています。童謡からポピュラーソングまでいろんな曲に挑戦し、回を重ねるごとに音が合うようになり、ひとつひとつの曲が演奏できることに喜びを感じています。そんな中、12月に黒坂さんとジョイントをする事が決まりメンバー一同、ますますハリキッテいます。これをきっかけにもっともっと多くの方とコカリナを楽しめたらなぁ!と思っています。

コンサート感想
北海道旭川 神楽公民館主催 「森のコンサート」より

 首を長くして待っていた「森のコンサート」の日がやってきました。あいにくの雨で見本林でのコンサートにならなかったのがとても残念でしたが、黒坂さんのコカリナ・ギター、奥様のオートハープ、そして心にしみる歌声で、一曲一曲ユーモアのある解説入りで、みんなうっとり・感動・涙しながら聴かせていただきました。  旭川でも、伐採されなければならない木を使いコカリナを誕生させ、優しい音色で今の殺伐とした子どもたちの歪んだ心が癒され、潤い、ゆとりがもてることができたらどんなにか素晴らしいことと痛切に思いました。今日は、この場にいる幸せに感謝します。  どうぞご健康にはくれぐれも留意され、ますますのご活躍を祈っております。心豊かな時間をありがとうございました。 Y・T

 10月3日コカリナ演奏会は大変素晴らしかったです。はじめオカリナの間違いだろうと思っていました。百科事典で調べてみましたら、陶製・金属製・プラスチック製のものなどがあること。木製のものをコカリナというのも初めて知りました。木の堅さで違う音色が出る、不思議な楽器ですね。元、フォークシンガーだったご夫妻の柔らかい歌声もとても魅力的でした。それぞれの歌にそれぞれのメッセージが込められていて、心にしみました。こういう企画をたてて下さって感謝しております。            一受講生より

協会からのお知らせ

● 前号で皆さんの活動をお知らせ下さいとお願いした所、たくさんの団体の方から調査票を送っていただきました。ありがとうございました。まだ秘密(?)に活動されている団体の方、是非ありのままの様子を教えて下さい。   調査票がお手元に無い方も遠慮なく事務所までご連絡下さい。お手数とは思いますが、よろしくお願い致します。
● 友の会の有効期限が迫っている方(会員番号00772までの方)には、会費納入用の振込用紙を同封させて頂きましたので、よろしくお願い致します。
● 東京コカリナフェスティバルに参加希望の方、チケットを協会までお申し込み下さい。尚、宿泊(シングル¥6500)を希望される方も併せて協会までお申し込み下さい。

編集後記 スタッフより一言

◆ シドニー オリンピック・プロ野球日本シリーズとテレビでスポーツ観戦三昧の日々。次のターゲットは何?(井上)
◆ 前号の「サークル報告」が大好評でした。皆様ご協力ありがとうございました。(北山)
◆ 木と焼き印・・蒲鉾屋さんの話しではないですが、No5378からコカリナの底の黒マークが焼き印に変わります。今まで黒がなかなかきれいに押せなかったのですが、これで一本一本鮮明になります。(津田)
◆ コカリナ通信・東京コカリナフェス・アジアカップTV観戦と忙しい。でもアジアカップは、時差があって眠い眠い。(大島)

☆コカリナ友の会(日本コカリナ協会賛助会員)になりませんか?

●会員の方には通信が送られて来ます。(年3回)
● コカリナ教則本などが1割引にます。 (黒坂音楽工房から送られるものに限る)
● 会費は年1,000円。会員の方には素敵な会員証をお送りします。



黒坂黒太郎(正文)コンサートニュース
なんじゃもんじゃ 69号

被爆樹をコカリナに 黒坂黒太郎(正文)

 今年の夏もまた広島へ行きました。8月5日、恒例の高校生達とのノーニュークス(非核)コンサート。若者達と平和を語り歌う楽しい時を過ごしました。コンサート終了後、この企画をずっと続けてきている安田女子高校の澤野先生が楽屋にやってきて「黒坂さん、被爆樹送るから、コカリナにしましょうよ」と言ってきました。その被爆樹は55年前爆心地に近い広島市元町で被爆、でも倒れず体の半分を焼かれながらも立ち続けてきたのでした。がやはり10年ほど前の台風の時、とうとう力つき倒れたのでした。それを広島の高校生と先生達で電気大付属高校の倉庫に保管し、時々表に出し、何かの折りに展示してきたのだそうです。僕がこの樹に出会ったのは2年前、やはりノーニュークスコンサートの時でした。僕のコカリナ演奏のステージのバックにみんなで飾ってくれたのでした。照明に浮かび上がる被爆樹を前に僕は原爆でなくなった人々の霊を慰めるべく僕の作品「レクイエム」(鎮魂歌)を演奏しました。 そしてその時から、この被爆樹の一部をコカリナにしたらどうだろうか?という声があがっていました。その樹が先日僕のところへ送られてきました。太さ30センチ長さ1メートルほど。僕の作業場に斜めに横たわる姿はまるで人間の子どもが踊っているようです。  そして原爆の数千度の光を浴びたと思える半身は黒こげで本当に痛々しいのですが、その焦げ痕を新しい樹皮が覆うように成長している姿は命のたくましさとともに、子どもを抱きかかえる母のようににも見え、なんとも感動的です。僕はこの被爆樹をできる限りその形を壊さないようにし、ごく一部をいただきコカリナにしようと思っています。樹の種類は榎(エノキ)。ニレ科の広葉樹。本州から南で庭木などにもさかんにみられる樹で大きいものは高さ30メートルにもなるそうです。  この 被爆樹がどのような音を出すのかとても楽しみです。12月、東京でもたれる「第1回東京コカリナフェスティバル」でその音色を披露できればと思っています。また同じ12月広島で「子どもの平和像」を作るレセプションがあります。そこでも発表できればと思います。そしてできれば来年この被爆樹と一緒に全国ツアーが持てれば、と思っています。 被爆樹をロビーにおいて子どもたちににも見てもらいながら自然の大切さを知り、平和の大切さを知ってもらえるようなコンサートができればと思っています。みなさんの町でもよろしかったらご企画ください。

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